持ち込まれたロックフェラー医学
吉野敏明著「医療という嘘」より引用
ロックフェラー医学を持ち込んだ公衆衛生福祉局
明治までの民間医療家たちは戦争を機に発展した組織的な西洋医学(戦時医学)には歯が立ちませんでした。
吉野先生の先祖も江戸時代までは代々続く漢方医が大半で、往診し、薬を処方する訪問医療が主でした。
吉野先生の高祖父(ひいひいおじいさん)は鍼灸師でありながら修験道(しゅげんどう=禁欲的な修行)の御嶽行者(おんたけぎょうじゃ=祈祷師)でもありました。
昔はこのように他に仕事を持ちながら薬草などで病人の治療に当たっていた在野(民間にあること<対>在朝)の医師がほとんどでした。
当時は患者を入院させて治療するという考えはありませんでした。
例外的に1722(享保7)年に小石川養生所が設立された(by徳川吉宗)。
これも貧民救済施設として薬草を使った治療を行っていたが、明治政府の漢方医廃止の方針によって閉鎖されました。
加速したロックフェラー医学の日本進出
GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による占領期、日本の医療福祉・社会保障の分野でも「サムスの改革」と呼ばれる改革が実施されたのです。
当時、アメリカ陸軍軍医准将だったクロフォード・F・サムスがロックフェラーに対して「占領期終了後の日本に、公衆衛生福祉諮問委員会を設置するように」と進言した。
公衆衛生福祉局(Public Health and Welfare Section (PHW))の誕生
1945(昭和20)年10月2日GHQの発足と共に設置された。そしてサムスは自ら局長の座に就いたのです。
多くの課が生まれ、改編は何度か行われました。
公衆衛生福祉局が主導し、GHQやロックフェラーの意思で厚生省、医術・歯科医術・看護の分野の改革が行われたのです。
衛生・保健所制度、医療制度・医学教育、製薬・医療品産業、社会福祉、社会保障などにおいて、アメリカ型の新制度が適用されていきました。
これはアメリカ同様西洋医学(アロパシー医学)に基づいた保険・医療・福祉行政が徹底されたことになり、対米従属路線が敷かれ、ロックフェラー医学は一層強化されていったのです。
医大が受けるロックフェラーからの資金
世界の金融を牛耳るロスチャイルド家に比べて、ロックフェラーが悪印象を持たれていないのは、石油で儲けたお金の一部を多くの慈善活動に寄付していたからかもしれません。
ロックフェラー財団が援助している分野は
①医療、医学教育、健康、人口科学
②農業、自然科学
③芸術、人文科学
④社会科学
⑤国際関係
の5つであり、世界中から多くの人が集まり、最先端の研究をしていますが、特に、医療と医学教育に注力したのです。
アメリカではハーバード大学、イェール大学、プリンストン大学、コロンビア大学など多くの医学校へ多額の資金援助を行っています。
ロックフェラー大学からはノーベル賞の受賞者を23名も輩出しているのです。
しかしながら、補助金を受けるためにはホメオパシー医療を捨て、石油原料の医薬品を使わなければならないという条件があり、薬物療法のアロパシー医療・医学に対する支援でした。
1916(大正5)年12月「日米医学交通委員会」が設立され、アメリカのアロパシー医学を導入する手はずが整えられたのです。
多くの医学博士がロックフェラー財団の援助でアメリカやカナダの臨床医学を視察に出向きました。
1920年代末から30年代にかけて、ロックフェラー財団からアメリカの生物学者が慶応義塾大学医学部や東北帝国大学理学部に派遣されるなどアロパシー医学=ロックフェラー医学が導入されていきました。
さらに、1938(昭和13)年の公衆衛生院の設立、聖路加国際病院を介した日本の看護教育への支援、国立遺伝学研究所の支援など影響力を行使したのです。
こうして大正時代から今なお、薬漬け医療の対症療法は続いており、癌やアレルギーなど自己免疫疾患は急増しているのです。
しかもロックフェラー家3代目当主のデービッド・ロックフェラー(享年2017年101歳)は亡くなるまで「外食せず」「水道水は飲まず」「有機野菜のベジタリアン」で医者にも掛かりませんでした。
彼はアメリカの銀行家であり、実業家であり、慈善家であり、チェース・マンハッタン・コーポレーションの会長兼最高経営責任者(CEO)で銀行家で実業家でしたがロックフェラー大学の名誉総長でした。
儲けてきた薬は拒絶してきた正に「医療マフィア」だったのです。
個の違いを無視した「疫学」と「公衆衛生」
疫学は「個人」ではなく、「集団」を対象として病気について研究します。同様に、公衆衛生も集団を対象とした衛生学です。
公衆衛生学の世界最古で最大なのがロックフェラー財団の寄付によって1916年に設立されたジョンズ・ポプキンズ衛生学・公衆衛生学校(現:ジョンズ・ポプキンズ・ブルームバーグ公衆衛生大学院)です。
ロックフェラーは医療だけでなく、公衆衛生の分野でも頂点に君臨し、個人差を無視し、「ヒトは全員同じである」という一律主義の考え方に立っているのです。
不平等な免疫力と平等なワクチン
人類は平等でも免疫力は個人差があります。それを「疫学」によってどのような条件の違いによって病気が多いかを調べ、予防のために「公衆衛生」や「予防医学」を構築し、予防接種(=ワクチン)で平等にしてあげようという考え方です。
さらに、児童精神学を確立し、多くの「発達障害」という分野の新しい病名を作りました。こうして未発達の子供に対して「平等化」を押し付けてきたのです。
このように、すべてには「人間はすべて平等であらねばならない」とする平等・人権思想があり、現在のLGBTQ+もこの思想の延長線上にあります。
人道主義に見えるこの思想は、共産主義思想に基づく極めて政治的な概念です。
この共産主義思想を「民主主義」という名目で戦後日本に持ち込んだのが、、隠れ共産主義であったフランクリン・ルーズベルトを淵源(えんげん=みなもと。おおもと)とするアメリカ戦略情報局です。
つまり左翼思想に基づいてアメリカ型の日本改造計画が行われ、それを仕掛けていたのがマッカーサー率いるGHQだったのです。
まとめ
吉野先生のこの著書だけではなく、色々な話を聞いていて、食にも拘り方をアップデートしたうえ、骨折や傷病手当の為書類作成以外で医者に掛かることはなくなりました。
とはいえ、骨折時には痛みから逃れるために、薬局でアセトアミノフェンを購入して服用したりもしましたが、これも対症療法の薬物と知りながら、フォトセラピーによるパッチやツボ押しでは対処しきれず、ビッグ・ファーマの産物に頼らざるを得ない現実に悩みながら、薬選びや服用の仕方にも注意をしている次第です。
このサイトでは本当に医者にかかるのが得策なのか、かからないならばどうすれば良いのかを、知ったり、考えたりする機会を与えられ、何かのヒントを掴んで頂ければ幸いです。